天皇陛下のご年齢と家系図は?

天皇陛下のご年齢と家系図は?

アラフォー独身女性の応援団長ブログライターのHIROMIです。



先日、天皇・皇后両陛下が2016年1月26日から5日間の日程でフィリピンを国賓として親善訪問されると発表されました。
フィリピンでは、歓迎式典やアキノ大統領との会見をされ、歓迎の晩餐会に出席される天皇陛下は日本とフィリピンの友好関係の発展を願うお言葉を述べられるようです。

また、フィリピン独立運動の英雄ホセ・リサールの記念碑に献花され、「無名戦士の墓」も訪れフィリピン戦没者を慰霊されるご予定となっています。

太平洋戦争の犠牲になった日本人を慰霊のために、日本政府が建てた慰霊碑のあるマニラから約70キロ離れたカリラヤにも訪れられるということです。
当時、フィリピンで50万人を超える日本人を含むたくさんの人が犠牲になったということで、天皇陛下の強い意向で訪問地として検討されているようです。
国交正常化60周年を迎えるフィリピンへは、天皇陛下が皇太子時代の昭和37年に訪問されてから54年、天皇陛下になられては初めてのご訪問となります。

天皇陛下と皇后美智子さま

日本国内はもちろん、外国訪問された時の天皇陛下と皇后陛下の仲睦まじいお姿を目にすると、ぽかぽかと心温まりますし、日本人で良かったと改めて思います。
しかし、元気な私たちでも天皇陛下がされている公務は大変だと思うのに、ガンの治療や心臓手術を受けておられる天皇陛下は、かなりお身体に負担がかかっているのではなかいと心配になります。
それが天皇陛下のお仕事だと片付けられてしまえば、仕方がないのかもしれませんが、ご年齢も憂慮して差し上げることも必要なのではないでしょうか?

何やら天皇陛下の公務は、日本の働き盛りの一般サラリーマンレベルだそうで、全国戦没者追悼式、全国植樹祭、国民体育大会などへのご出席、また国事行為に関連したものなどさまざまな公務がおありになり、月9日平均しか休日を取られていない現状ということです。しかも公務がない日でも天皇陛下は近々の公務の内容を確認され、多くの資料を時間をかけて読まれ、地方へ訪問される時は、訪問先の関係者を皇居に呼ばれて、詳しい話をお聞きになられるという生活をされているということです。
ご公務以外に天皇陛下が傘寿をお迎えになられた2013年から始まった私的な旅行に関しても『休暇』の意味合いが強いご旅行にもかかわらず、訪問先の人々との交流を持たれ、国民のために時間を費やされています。
天皇陛下のご年齢を考えると私たち一般の人なら一線から退いて、のんびりとした生活を送っている年齢だと思うのですが・・・

今日は『天皇陛下のご年齢と家系図は?』というタイトルで記事を書きたいと思います。

今上天皇陛下は、初代の神武天皇から数えて125代目に当たり、歴代の天皇陛下が国民の幸せを祈ることが脈々と受け継いでこられており、日本は天皇陛下の祈りと、そのお心に答えた国民の力によって国の平和と生活が守られてきていると言っても過言ではないようです。

日本国憲法で定められた、日本国および日本国民統合の象徴とされる地位、あるいはその地位にある個人のことを『天皇』と呼びます。現在は一定の国事行為だけを行い、国政の権能を持たないことになっていますが、大日本帝国憲法の時代は、天皇は大きな権力を持っていたことが明らかで「元首」と規定されていました。

天皇陛下のお仕事としては、以下のような国事行為があります。
(1)国会が指名した総理大臣の任命
(2)内閣が指定した最高裁判所長官の任命
(3)憲法改正、法律、政令、条約の公布
(4)国会の召集
(5)衆議院の解散
(6)国会議員の総選挙を行なうことの公布
(7)国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任命並びに全権委任状及び対し及び公使の信任状を認証
(8)大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証
(9)栄典を授与
(10)批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証
(11)外国の大使及び公使を授受
(12)儀式を行う
(13)国事行為を委任

内閣の助言と承認を必要とし、内閣が責任を負うと憲法に書かれています。国会や内閣で決めたことを国内外に宣言するのが、天皇陛下のお仕事の一部と言えます。
私たちが拝見できる天皇陛下のお仕事は、公的な行事でお出かけになられたお姿や外国の王室や大統領などが来日された際の会見や歓迎の晩餐会などがほとんどですが、天皇陛下は休日が取れないほど仕事をこなしているのが、こんなところでもよく分かりますね。

ところで天皇陛下には、国籍や戸籍はあるのでしょうか?
記憶に新しいのが、天皇陛下の長女・黒田清子さんがご結婚された時に皇統譜から戸籍に移るので、新しい戸籍を作ったのです。
また、皇太子さまと結婚された雅子さまは、戸籍から皇統譜に移ったために戸籍謄本がなくなったということです。
天皇陛下の国籍はどうなのかというと、国籍を明記した憲法も法律もありません。
日本国憲法に「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」とあり、それを国籍法で「日本国民たる要件は、この法律の定めるところによる」と受けています。
その法律に天皇が日本国籍を有する要件であるところの日本国民であるという記載はありませんね。
法律って難しいので理解が良く出来ないのですが、日本国籍を取得している日本国民に対して、日本国民でない者と定められているということなので、外国人扱いということと理解していいのでしょうかね?
難しい・・・

天皇陛下のご年齢と名前

仲睦まじい

私が天皇陛下のお姿を見て、すぐに思い浮かべる言葉があります。
『Gentleman』
日本語の紳士ではなく、まさしく『Gentleman』という英語の言葉がびったりです。
皇后美智子陛下へ自然に差し出される手、足元が大丈夫かと振り返られるお姿は、天皇陛下と同じ年齢の日本人男性、いえいえ、若い年齢の男性が自然とできるかと考えると、決してたくさんいないと思っています。
優しいふりは、誰でもできると思うのですが、天皇陛下は本物優しさです。
そして、何度か目にした堂々としたふるまいにも、驚いたことがありました。
沖縄県糸満市で起こった「ひめゆりの塔事件」と山形県で行われた第47回国民体育大会(山形べにばな国体)での開会式でのことです。
ひめゆりの塔で1975年7月17日、天皇陛下がまだ皇太子時代(ご年齢42歳)に献花のために訪問された時、火炎瓶やガラス瓶が皇太子さま及び同妃美智子さまに向けて投げられた瞬間、美智子さまは皇太子さまの半歩前に踏み出され片手を伸ばして、守られていたということです。
その時の天皇陛下のご様子は、微動だにされず、警察官に囲まれてならが、その場を後にされた映像を皇室関係の報道番組で目にします。
また、1992年10月5日、山形県総合運動公園陸上競技場(現:NDソフトスタジアム山形)で行われた山形べにばな国体の開会式で天皇陛下(ご年齢59歳)がお言葉を述べられていた際に、トラックからロイヤルボックスにいた天皇陛下に向けて発煙筒を投げつけれる事件がありました。その時、隣にいらっしゃった皇后美智子さまは、躊躇なく右手を陛下の前へ伸ばされました。
しかし、天皇陛下は慌てず、お手元の文面を読まれ、動揺された様子をお見せになることもなく粛々と続けていらっしゃいました。

私だったら、火炎瓶のようなものを自分に向かって投げつけようとしている、また投げつけられたら、しゃがみ込んだり、逃げちゃう気がします。
しかし、天皇陛下は動揺することなく凛したお姿、皇后美智子さまの身を挺して天皇陛下を守ろうとするお姿は感動しかありません。

天皇陛下

天皇陛下のことを少し詳しく調べてみました。

第125代天皇(神武天皇~平成時代の今上天皇)

名前・・・・・・・・明仁(あきひと)

生年月日・・・・・・1933年(昭和8年)12月23日生

年齢・・・・・・・・82歳(2015年12月23日)

在位期間・・・・・・1989年(昭和64年)1月7日~現在に至る。

昭和天皇の第一皇男子

ご称号・・・・継宮
ご称号は、名前(苗字)なのかなと思っていましたが、実は違っていました。
皇室の男子が独立され宮家を立てられると「宮号」を名乗られます。
三笠宮・常陸宮・桂宮・高円宮・秋篠宮・・・
この宮号とは別に、天皇と皇太子のお子様にはご称号があります。天皇陛下の『継宮』はこちらに当たります。しかし、このご称号は幼少児のもので、皇太子となった時点でなくなってしまいます。同様『親王』も称号だそうです。

今上天皇陛下に関して、
継宮明仁親王殿下→皇太子明仁親王殿下→明仁天皇陛下
ということですね。

現在の天皇陛下のお子様にあたる皇太子殿下は『浩宮』、秋篠宮殿下は『礼宮』、黒田清子さん(ご結婚され黒田姓)は『紀宮』がご称号です。
皇太子殿下のお子様の愛子さまの正式な呼び方は『敬宮愛子内親王殿下』ということになります。
私たちのように名前に苗字がない理由として、一度も天皇家を倒した一族がないからということらしいですが・・・
天皇家の名前に姓はありません。
日本は、天皇が姓を臣下に与えるもので、与える側にはありませんし、姓は他と区別するためのものなので、天皇には必要ないものということです。

称号『継宮』、名前『明仁』は、昭和天皇による命名だそうです。

お印・・・・・・・・榮(えい)桐の別名

成年式・・・・・・・1952年(昭和27年)11月10日(ご年齢18歳)
・天皇・皇太子・皇太孫は年齢18歳、その他の皇族は年齢20歳を成年と呼ばれ、皇族が成年に達せられた時に行われる儀式

立太子の礼・・・・・1952年(昭和27年)11月10日(ご年齢18歳)
・皇太子であることを公に告げられる儀式

ご即位・・・・・・・1989年(昭和64年)1月7日(ご年齢55歳)
・皇嗣(皇位を継承することを予定されている皇族)が皇位につかれること。
1989年(昭和64年)に昭和天皇の崩御を受け、55歳のご年齢で皇位を継承されました。
この時、天皇陛下は、相続税として4億2800万円を納められたそうです。また、皇居のある千代田区にも住民税を納められているということです。
しかし、相続税として4億2800万円を納められたということは、どれほど相続されたのか想像に及びませんね。

即位礼正殿の儀・・・1990年(平成2年)11月12日(ご年齢56歳)
・天皇陛下がご即位を公に宣明されるとともに、そのご即位を内外の代表がことほぐ儀式。
天皇陛下が『お内裏さま』、皇后美智子さまが『お雛さま』と、まさにリアルなお雛さまを見ているようだなと思ったのは、私だけではない筈です。

大嘗祭(だいじょうさい)・・・・・・・1990年(平成2年)11月22・23日(ご年齢55
歳)
・天皇陛下が即位の礼後、初めて行う新嘗祭(毎年11月に天皇陛下が行う収穫祭。その年の新穀を天皇陛下が神に捧げ、自らも召し上がり、国家・国民のために安寧と五穀豊穣を感謝し祈られる祭儀)

魚類学者・・・・・・ハゼの分類学的研究者。
日本魚類学会に属して自らの研究に関して、28編の論文を発表されています。
長年、ハゼの分類学研究に対する貢献を称え、新種のハゼの一種の命名に1992年(平成4年)、2005年(平成17年)と天皇陛下のご年齢が74歳になった2007年(平成19年)にはハゼの新属『アキヒト属』と天皇陛下の名が織り込まれた献名がつけられたほどです。

両陛下

1957年(昭和32年)8月19日、当時皇太子(ご年齢24歳)の時に避暑で訪れた軽井沢のテニストーナメントで正田美智子さまと出会い、テニスを通じて交際を深められていたということで『テニスコートの出会い』と言われています。
皇后美智子さまのご実家は資産家であったのですが、皇族・家族出身でないために皇太子さまが真剣に結婚を考えていることが判ると皇室内外から猛反対を受けたということですが、天皇陛下のお気持ちを貫き通された結果、ご年齢80歳になられたお誕生日に皇后美智子さまへの深い愛情と感謝を示されていらっしゃいます。
「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるもの。結婚により大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っている。」
天皇陛下は、美智子さまと出会うまで、どれだけお寂しい思いをされていたのかと思うと切ないですね。

こんな天皇陛下ですが、皇后美智子さまとの間に皇太子さま・秋篠宮さま・黒田清子さまという3人のお子様も授かり、現在は4人のお孫に恵まれてお幸せなのではないでしょうか。

今年2015年12月23日でご年齢が82歳を迎えられる天皇陛下ですが、ご年齢が62歳の1995年(平成7年)に腸のポリープを摘出をされ、その7年後の2002年(平成14年)12月、天皇陛下に前立腺がんが発見され、翌年1月(ご年齢69歳)に前立腺の全摘出手術を行われ、公務や宮中祭祀を軽減される検討を始められた矢先に、心身のストレスにより胃と十二指腸に炎症が発見されています。
また、2011年(平成23年)11月18日よりマイコプラズマ肺炎、2012年2月には狭窄症の症状が認められることから心臓の冠動脈のバイパス手術を受けるなど、ご年齢が増すにつれ体調を崩されることが多くなってきているように思います。

最近は、少しずつ公務の軽減をされているようですが、ご年齢も考慮され、お身体に負担がかからないようにしていただきたいものです。
天皇陛下は、非常に意欲的かつ勤勉であると伝えられることが多く、年間約1000件の書類に目を通して署名・押印し、多くの各種行事に出席し、祭儀も執り行っているということから、やはり激務なのではないでしょうか?

お元気でいらっしゃる

先日、天皇陛下と皇后美智子さまは毎朝皇居内を散歩され、時折、軽いスロージョギングを交えながらのご様子がテレビで報道されていました。とても軽やかなジョギング姿のお二人は、決してご年齢が80歳を超えているようにはお見受けできませんでした。
私なんて、少し階段を上ると息が切れてしまうのですが・・・(汗)
心も身体もお若いですし、お二人の姿を見ていると理想のカップルとしかいえないですね。
お二人は年齢を重ねていくにつれ、お互いに支えあう姿がよく見られるようになりました。寄り添い、慈しみ、天皇陛下は、必ず皇后美智子さまの手を取りながら、また、皇后美智子さまがそっと、天皇陛下の腕に手を掛けて専用機のタラップを降りてこられるお二人は微笑ましくも素晴らしいといつも思います。

年齢

天皇陛下は、ご年齢もあり皇后美智子さまと将来は『合葬』を検討していたという気持ちを持たれていたようです。とても深い思いだったようですが、皇后美智子さまは、畏れ多いとお断りされ、天皇陛下のお気持ちに深く感謝なされつつ、合葬はご遠慮されるということでした。
しかし、従来、天皇陵と皇后陵は隣接していても山林などで隔てられていたということですが、皇后美智子さまも皇后陵を大きくせず、天皇陵のおそばに置いていただくことは許されることであろうかとお尋ねされたとことから、両陛下の陵は同じ敷地内に並べて配置されることが決定されたそうです。
いつまでもお二人が一緒にいられることができると聞いて、安心しました。
しかし、これからもお二人の仲睦まじい姿を見せていただきたいと思っています。

天皇陛下の家系図

天皇陛下の家系図は神武天皇まで遡る必要があります。教科書に出てきた名前がたくさんあるはずです。
ただ、私は勉強が得意でなかったので・・・(汗)

家系図は、特定の家の家督相続の承継の系統(家系)を記した系図を家系図、家譜といいます。
系図とは、ある一族の代々の系統を書き表した図表で系譜ともいうのですが、血縁関係のみならず、学芸の師匠から弟子への師承関係を表した図表をいう場合も多いということです。
また、江戸時代の家譜のように詳細な経歴を書きいれたものもあるようです。
また、養子として家督を継いだ者も書き記すため、家系としての系図は必ずしも血筋と同義ではないようです。
江戸時代において、家系図は現在の履歴書のようなものだったということですが、ほとんどの家には家系図はなく、必要な場合は、家系図をゼロから作らないといけなかったと言われていますが、江戸時代中期になると幕府や各藩によって、大名、旗本、藩士、また庄屋などの富裕な農民や商人らの間で家系図が盛んに作られたということです。

戸籍が全国民に作られるようになったのは、明治に入ってからのことですし、遡っても江戸時代後期から明治くらいからになり、戦争や災害で戸籍が消滅していることもあるので、素人が家系図を作ろうと思うとかなり限界があります。

以前、法律事務所や司法書士事務所で働いていたことがあり、相続関係図を作る仕事をしていたことがあります。
確かに、江戸時代後期の『嘉永』『慶應』『文久』などの元号を見たことはありますが、それ以前の元号が書かれた戸籍謄本を一度も目にしていません。

しかし、素人が自分で家系図を作成するために戸籍謄本をとることは認められていますが、直系の戸籍謄本しか取得できません。そのため先祖の名前などの情報を集めるため、一般的に3つのことを行います。

1.祖父母や親せきに直接聞く。
2.戸籍謄本を取る。
3.法務局で旧土地台帳を閲覧する。

お寺にある過去帳も手掛かりとなりますが、個人情報の問題もあり、公開を拒むことが多いそうです。
家系図を作成するためには、やはり親戚の力を借りることが不可欠と言えます。

天皇一家

私たち一般人の家系図はさすがに簡単に作成できませんが、天皇陛下の家系図となると歴史的に重要なもので、きちんと整理されています。そのために、平成の今上天皇が神武天皇から125代目にあたるということが判明しているわけですし、家系図で判るように史上10代8名が女性天皇が存在しています。神功皇后や飯豊皇女を含め、全員が男系女子です。いずれも皇位にある間は正式な配偶者がいなかったこともあったということです。




現在は、皇室典範により
「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」
と定められていて、女系天皇の概念すらなかったということですが、皇族男子は秋篠宮文仁親王誕生以来、長く皇室に男子が誕生せず、また皇太子殿下の第一子も敬宮愛子内親王だったということで、俄かに女性天皇や女系天皇を認めるように皇室典範を改正すべきか否か皇位継承順位をどのように定めるべきかという問題が起こりました。
2006年(平成18年)、天皇陛下のご年齢が73歳の時に41年ぶりの皇皇族男子として秋篠宮さまのお子様悠仁親王が誕生しましたが、現在でも皇位継承資格者の不足という問題を抱えたままです。そのために皇位継承資格者の不足解消策として、現在考えられている対策は
・男系のみならず女系子孫にも皇位承継資格を認める。
・皇籍離脱した男子(あるいはその男系子孫)を皇籍復帰させ、男系男子を維持する。
など。

そもそも皇祖神である天照大神が女性であり天壌無窮の神勅にもアマテラスの子孫であることが天皇になる条件とされているので、日本の皇室は女系から始まっているといっても過言ではありません。

天皇陛下の家系図は、『古事記』『日本書紀』を始める史書に基づいて作られ、起源は神武天皇が紀元前660年に即位し、更にその始祖は天照大御神に始まるとされています。
また、天皇陛下はご年68歳を迎える天皇誕生日前の2001年(平成13年)の記者会見の場で、家系図の中に第50代目の桓武天皇について
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると『続日本記』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。」
と述べられています。
桓武天皇の生母・高野新笠は百済第25代王・武寧王の子とされている純陀太子から9代目にあたり、6代目は帰化しており、百済系渡来人氏族の和氏(日本名)の出身であると言われています。

また、天皇陛下の家系図から読み取れるのが、歴代天皇は初代神武天皇から平成の今上天皇まで125代なのですが、第37代・斉明天皇は第35代・皇極天皇、第48代・称徳天皇は第46代・孝謙天皇とそれぞれ一度退位した後再び位につく重祚なので、総数は123名というのが分かります。
しかし、南北朝時代に北朝(京都)で即位した天皇(光厳天皇、光明天皇、崇光天皇、後光厳天皇及び後円融天皇の5代、5名)は、125代の天皇に数えられていないのですが、皇室祭祀等に置いては天皇として扱われているため、現在に至る天皇の総数128人と数えられることもあります。
こちらも家系図を確認することによって読み取ることができます。
もっと日本の歴史をきちんと勉強していたら良かったなあ・・・なんて思ったりします。

現在の天皇陛下の家系図を見ると、皇位継承者順位は以下の通りです。

皇位継承順位

1位 皇太子徳仁親王・・・今上天皇の第1皇男子
2位 秋篠宮文仁親王・・・今上天皇の第2皇男子
3位 悠仁親王・・・・・・秋篠宮文仁親王の第1男子
4位 常陸宮正仁親王・・・昭和天皇の第2皇男子
5位 三笠宮崇仁親王・・・昭和天皇の皇弟

女性の私からすれば、女性天皇で何が悪い!と思うのですが、ただ、ご結婚される時にお相手を見つけるのが相当の困難になってくるのではないかと思います。
お妃を選ぶときでも大変なのに・・・

今年ももうすぐ、天皇陛下のお誕生日がやって来ます。
今年でご年齢は82歳をお迎えになられますが、まだまだお元気にご公務や国事行為をこなされていらっしゃり、皇后美智子さまとはお若い頃から変わらず、憧れのベストカップルですし、とても素敵な天皇陛下でいらっしゃります。
皇位継承に関して、色々ご心配もおありかと思いますが、神武天皇からの長い家系図を見ているとこのまま絶えることなく、また天皇陛下と皇后美智子さまのお互いを支えあう素敵な姿を私たちに見せて下さるようにお祈りしています。




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